Home 健康と温泉フォーラムとは 事業 組織
会員オンライン 情報ファイル お問い合わせ
目次 NEXT

温泉保養地環境

温泉リゾートの運営‐北ドイツの温泉地を巡って

奥村 明雄
NPO法人健康と温泉フォーラム 副会長


はじめに

 筆者は、昨年夏、北ドイツ・ブランデンブルク州の温泉地を訪ねる機会があった。その際、これまで南ドイツやイタリア、フランスなどの温泉地訪問の経験に比べて、療養客の滞在期間、滞在目的などについてかなりの程度相違するところがあったので、最近の文献での分析も含めて、その概況を報告し、温泉リゾート運営のあり方に関し、若干の検討を試みたい。


今回訪問した北ドイツのリゾートの位置関係

左上が首都ベルリン、高速道路に沿って南に行くとブランドという小さな町にトロピカルアイランドがある。さらに南へ行くと、ブルクの町の市街地のはずれにツーアブライヘスパ、さらに道路に沿って、北のベルリンの方向へ戻ると湖に面した保養地バードザローがある。このあたりは、ポーランド国境にも近く、人口が希薄な地域との印象を受けた。


1 北ドイツの温泉地の概況

  今回訪問したのは、ドイツ北東部のブランデンブルク州にあり、首都ベルリンから車でおおむね3時間程度のところにある2箇所の温泉地である。そのひとつは、シュプレー川に沿ったシュプレーバルト地方の高級リゾート地ツーア・ブライヘであり、いまひとつは、湖に面した伝統的な温泉地バードザローである。なお、ベルリンから約2時間位車で行ったところに、現在トロピカルアイランドというリゾートが整備中であり、これも訪問したので、温泉地ではないが、あわせて概況を報告することとしたい。

(1)トロピカルアイランド

 1) ベルリンから車でアウトバーンを2時間くらい行ったブラントという町に近いところに、現在トロピカルアイランドが造成中であった。ここは、もともとソ連軍のキャンプ地で、草などで遮蔽した飛行機の格納庫が現在も敷地内に点在しており、広大な敷地である。その敷地の中に、ツエッペリンの飛行船の工場として使われていた巨大なドーム(見た目には、東京ドームくらいの大きさ)があり、これを利用した亜熱帯風のリゾート施設が建築中であった。(日本の同様な施設としては、福島県いわき市にあるリゾート地ハワイアンセンターに近い。)スウェーデンの会社が用地の造成を行っており、12月にはオープンとのことであった。
 トロピカルアイランドの模型
 

 2) ドームは、基本的にガラス張りで、最も高いところは、107メートル、底辺は楕円形となっており、直径は長いほうが365メートル、短いほうが210メートルで面積は6600平方メートルとなっている。このドームの中に、熱帯の島、砂浜と海・ラグーンを作る計画となっている。陸地部分には、舞台を作り、ショーを行うという。砂浜の背景には、2000平方メートルの大スクリーンを設け、空、雲などを表現する。全体的な雰囲気は、3ヶ月ごとに、景色を変えて、各地を移動する雰囲気を表したいとしている。建物の屋上部分の人工的な丘には、熱帯雨林や人工的な滝、プールなどを作る計画である。利用客は、1日7000人、年間250万人を想定しており、類似の施設としては、南ドイツのバーデンビュルデン州にあるヨーロッパルストがあり、年間利用客は、春と夏で250万人ということである。宿泊施設は設けず、近くにある保養地シュプレーバルト地方の宿泊施設と提携する。利用料金は、4時間で15ユーロ(およそ2000円)6時間で20ユーロと比較的低廉な料金を想定している。ここでの大きな問題は、暖房費とのことであり、温泉がないので、水道を沸かす。周りに人家はまったくないので、約5キロメートルを専用のパイプラインで運ぶこととなる。

 3)この施設の経営者でオーナーである、マレーシア人の実業家アウ氏に面会をし、インタビューをすることができた。
問 エネルギーコストが高いのではないか。
答 ここでは、23度cを維持することとなっているが、もともとドーム自体が18度cとなるように設計されているので、追加のエネルギーコストはそれほど大きくはない。年間のコストは、150万ユーロくらいで済む。
問 ベルリンからかなりの距離があり、宿泊施設もないため、利益が上がらないのではないか。
答 ドイツ鉄道と協議し、ノンストップトレインを計画中である。近くに観光地もあるので、宿泊施設は作るつもりはない。単に泳ぐだけでなく、食事、ショッピング、くつろぎなど多彩な利用が可能で、いろいろな機能を組み合わせれば、お金を十分落としてくれると思うと。東京より寒いので、暖かいところを求めてくる人は多いと思う。

問 今後の対応はどうか。
答 ここが成功すれば、世界中に同様な施設を作りたい。日本も有力な候補地だ。

 4)トロピカルアイランドについての印象を私なりにまとめると以下のとおりである。

トロピカルアイランドの工事風景
ドイツ、特に北ドイツの冬は、寒く、暗いイメージがあり、南へのあこがれは、日本人には想像できないくらい強いと思われる。その点では、いかにもドイツらしく、周辺に同様の施設のないことから、人気を呼ぶとも考えられる。日本では、この種のテーマパークは、各地で行き詰まりを見せており、やや時期遅れの感がある。周りには、殆ど人が住んでおらず、停滞の著しい東ドイツで、雇用吸収力のある施設として、地域あるいは州政府の相当な期待と援助があるのではないか、また、人件費がかなり安いのではないかと想定される。

次の3点が気になるところであり、完成後の状況を知りたいところである。

ア 大消費地であるベルリンから距離が遠い。(車で2時間)
イ 宿泊施設がなく、日帰り客だけの利用で、収益が期待できるか。
ウ イタリア、スペイン、アフリカなどへのリゾート客も多く、これらと競合することになるので、十分な利用客が期待できるか。
 ツーア・ブライヘ・スパの屋外プール
 

(2)ツーア・ブライヘ・リゾート

1)トロピカルアイランドからさらに車で2時間半くらい行くと、途中美しい町ブルクを通過して、シュプレー川沿いの保養地、シュプレーバルト地方へ入る。ブルクの町のはずれにあるのが、高級リゾート地であるツーアブライヘ・スパリゾートである。経営者のクロージング氏の案内で施設を見学した。ベルリンでも有名なスパ保養地で、敷地全体が緑に囲まれ、広々としている。宿泊料金も高く、3段階に分かれているが、高い料金では、日本円で5〜6万円となっている。

2)入り口は簡素なつくりであるが、中に入るとプールや各種施設利用客のための豪華な応接室があり、古い時代のドイツの家屋の屋内を再現している。大きな暖炉があり、巨大な鹿の首が壁に飾られている。クロージング氏は、中国に傾倒しており、書の掛け軸、当期など中国式の文物を各所に展示している。プールが屋内と屋外にあり、屋外施設は芝生に囲まれ、ゆったりとしている。施設としては、マッサージの部屋やトルコ風呂ーハマーム、指導員のいるトレーニング・ジム,、瞑想室、日焼け装置、薬草サウナ、クナイプ施設、食塩風呂、上記風呂、専用のプライベートスパ、プライベートテラス、会議室、美容院、お茶室、結婚式場、「小さな天国」という名の明るい休憩室などがある。北国であるので、明るさが売り物であり、逆に、ストレス解消のための「暗さ」が売り物というところが面白いと感じられた。宿泊用の部屋は、90室ということで、かなり大きな施設であった。

3)クロージング氏とインタビューを行った。

問 どのくらいの滞在が望ましいか
答 人によって違う。2日から30日というところか。せめて、2〜3日はほしいところだ。(このあたりは、ベルリンの近郊にあるので、かならずしも長期滞在ではない様子である。ガイドの話では、金曜から日曜までの2泊3日が普通といった様子である。)
ワールドカップが近くドイツであるが、日本選手団の滞在地として推薦してほしい。ぜひ日本風の風呂も作ってみたいとの話であった。

4) その夜、トルコ風の風呂、ハマームを体験した。もともとハマームは、宗教施設に礼拝する際、あらかじめ身を清めておくための神聖な施設で、日本のいわゆる「トルコ風呂」とはまったく無関係である。大理石の四角い台の上で、仰向けになったり、うつむきになったりしているところを、大男のロシア人が体中を厚地のタオル様のもので、ごしごしこすってくれたり、泡を塗りたくったりしてくれる。時々熱い湯を、特には冷たい水を交互にかけ、刺激をする。お風呂といっても、バスタブに入らないのが特徴である。

5) 翌日朝、1時間あまり、小船で運河(運河といっても、幅10メートルくらいの人工の要素のまったくない自然の川のように見える。)を遊覧。静かな田園地帯で、小鳥が鳴き、のどかである。周りは自然護岸で、水槽が繁茂している。昔は、道路はなく、家庭と家庭をつなぐのはもっぱらこの運河で、野菜なども運んでいたという。「運河」といっても観光的な要素はまったくなく、店らしいものは何もない。朝早いので、出会う船もいない状況であった。

ツーア・ブライヘスパに隣接するの運河。人工的要素はまったくない。


6)ツーア・ブライヘスパの印象を筆者なりにまとめると、次のとおりである。

ア 緑豊かで、敷地が広く、のんびりできる高級リゾート地である。利用料金も高く、南ドイツの保養地とは違い、健康保険利用の保養客はほとんどいない感じであった。

イ ブルク市内のはずれに位置しており、周辺に自然豊かな運河もあり、環境は良好である。ベルリンから2泊3日のリクリエーションの利用がほとんどとのことで、日本型の短期利用が中心である。

ウ 温泉ではない、スパの形式であり、特段変わった施設はないが、若い女性の従業員が多く、ホスピタリティは良い印象であった。

       バードザローの女性市長シュトラバ氏にインタビューを行なう
         

(3)バードザロー
1) ベルリンから車で3時間程度のところに、芦ノ湖ほどの大きな湖シャルミュテェル湖に面した伝統的保養地バードザローがある。ここでは、当地の女性市長シュトブラバ氏、宿泊したエスプラネードホテルの女性経営者ドーミック氏、公営テルメの経営者ワルター氏にそれぞれインタビューを行うとともに、施設の見学を行った。

2)市長の説明によると、市及び温泉地の概要は以下の通りであった。市の人口は、600人であり、宿泊客は、1日1900人、この他に日帰り客600人あ
まりがある。
バードザローは、80年前にいわゆるバードになった。ベルリンなどのお金持ち、有名人の別荘地だったという。旧東ドイツ時代には、湖の周辺3分の1くらいがソ連軍に接収され、ソ連軍のサナトリウムとして使用されており、50年くらいの間、ドイツ人は立ち入るができなかったという。東西統一後、市が、接収地を引き継いだほか、EU、連邦政府、州政府の補助金を受けて湖周辺の土地の多くを公有化しており、これを民間ホテルなどに徐々に売却し、市の財源としつつ、温泉地の管理を行ってきたという。ここでもドイツの多くで見られる自治体中心の秩序ある開発が行われているのが印象的であった。

市営の4つの会社があり、市の開発管理を実行している。これは、次の4つである。

ア 湖の遊覧船の運行会社
イ 公有財産を管理する不動産会社
ウ 療養会社(後述する公営テルメの運営にあたる)
エ レストランの経営にあたる会社
シャルミッテル湖畔に点在するリゾート

3)筆者がバードザロ−で受けた印象をまとめると、次の2点である。

ア 街は、湖に沿って、細長く延びている。車は街の外を通るか、駐車場に泊められるかにより、街の中と湖周辺には入ってこない仕組みとなっており、静かな散策ができるようになっている。小さな街の中は、公営レストラン、公営テルメ、クアパーク、湖に添った遊歩道など公的施設があり、民間のホテルの数は、さほど多くなく、湖に沿って転々と存在するといった形であり、日本のように温泉街を形成するといった形にはなっていない。

イ 市がかなりのスペースの公有地を保有しており、これを適宜廃却しつつ、公的なコントロールのもとに秩序ある開発を行っている。地域全体の雰囲気を守るため、公有地を保存し、自治体中心のまちづくりをしているのが特徴である。
民間の施設でも戦前の建物は改築ができない、空いている土地に建物を建てることはできるが、高さ制限がある、誰もが湖の砂浜へ自由に出られるよう、ホテルにはフェンスを作ることは禁止されるなど様々な規制があり、落ち着いた雰囲気を保つのに役立っていると推測できる。

4)バードザローの中心的施設であるエスプラネードホテルの女性経営者ドーミック氏からスパの案内を受け、見学を行った。

このホテルでは、スパを売り物にしており、特定のシーズン中心の利用ということでなく、360日間客を迎えたいので、ホテルの中心にスパを据えたとのことである。以前利用した個人の記録は、コンピュータで登録し、次回以降に参考にできるなどリピータ対策に力を入れている。
 エスプラネードホテルの全景
 

ベルリンからの客を中心に週末のお客が中心で、土日は、200人から300人が利用しているとのこと。ホテルの稼働率は60%というからまあまあという感じではなかろうか。全体として191室、うちシングルは40室、ジュニアスウィート、スウィートはそれぞれ6室というから、日本では、中規模のホテルであろうか。ここでは、一番大きなホテルのようだ。

ホテルとしては、次の5つの点を運営のポイントとしており、「体と精神がともにやせることを目指している」との説明が印象的であった。

ア フィットネス
イ ストレスマネージメント
ウ 水治療
エ 栄養指導
オ エステ

ストレスマネージメント風呂のイメージ写真
(エスプラネードホテル)

5)ここでの目玉は、ストレスマネージメント風呂で、6メートル四方の室内小プールである。水の中から音楽を聞かせる仕掛けになっており、全体を暗くして天井に照明を下から当て、ゆったりとくつろげるようにするとともに、セラピストが利用客の体をゆっくりと動かして、精神をリラックスするというものである。ゆっくりとフローティングさせるところがミソであるようだ。ドイツではここが初めてとのことである。

6)いくつかの点について、質問した。
問 滞在日数はどのくらいか。
答 週末に来て、日曜の午後帰る2泊3日が多い。(このあたりの感覚は、筆者が尋ねた南ドイツやフランス、イタリアとはだいぶ違っている。医療の色合いを強調しないのも特徴ではないかと思われる。)5日、7日、T週間、、スポーツ、美容などのコースも設けている。夕食がT〜2回、トリートメントが2つを標準コースとして設定している。

問 健康保険の利用はどうか。
答 健康保険の法改正で制度からの補助が従来の半分くらいになってしまい、社会保険の利用は殆どなくなってしまった、民間の生命保険の利用者はある。

問 日本では、トレーニングジムやスパはあるが、必ずしも温泉やホテルと結びついていないが、どう考えるか
答 この種の施設は土地代がかさむので、地価の安い田舎のほうが経営が効率的だ、また、一人一人がマッサージを頼むよりホテルがそういう機能を持っていれば安上がりではないか。何よりもウエルネスのあるホテルに泊まるというコンセプトが大事だ。

7) 筆者のエスプラネードホテルの印象としては、次の3点が挙げられる。

ア 医療・療養を強調しないで、ウエルネスを強調するところは、南ドイツやイタリア、フランスなどとは、大きく異なるところであった。大消費地であるベルリンに近いせいもあってか、滞在日数も短く、日本の利用形態に近いように感じられる。

イ ストレスの大きい北国を反映してか、精神的リラクゼーションに力点を置いて いるのが印象的であった。後に述べるように、医療保険制度の改正により保険利用が激減し、とりわけ北ドイツにおいて影響が大きかったのではないかと考えられる。

ウ ホテルや温泉地の差別化政策の一環としての、ホテルの中でさまざまなトリートメントを行うことを売り物にしているという性格が濃厚に感じられるのが印象的であった。

8)市の公営テルメを訪問し、経営者のワルター氏にインタビューを行い、施設の見学を行った。その主なポイントは以下の通りである。

公営テルメのワルター社長にインタビュー

ア ドイツでは、150年前頃から金持ちは病気でなくても保養に行くようになり、1920年頃に医療保険制度ができた後、労働者も保養に行くようになった。保養の際は、居住地のホームドクターの疾病の内容についての診断書を持って保養地へ行き、保養地のドクターの診断を受けて、治療を受けることとなる。この結果、1950年代、60年代には、保養地は拡大し、保養地には病院を作る流れとなった。95年まではそのような保養地の発展が続いたが、95年、96年に健康保険法の改正があって、保養地の病床は削減され、新設はなくなった。

イ このテルメは、純粋にクアの施設で、ホテル部門はない。施設は、1万平方メートルで、前述のエスプラネードホテルの3倍を超える規模である。このテルメは、医療保険制度からの支払いとウエルネスの両方でまかなわれている。保険でみる場合は、セラピストの資格が必要であるが、ホテルなどで行うプライベートの場合は、資格は要らない。60歳以上の利用客が多いバーデンバーデンなどの名のある保養地では、毎年AOKなどの疾病金庫(日本でいえば健康保険組合だが、加入は企業単位ではなく、自由とのことであるので、民間保険に近い存在。)から保養客が送られてくるが、当地では、若い勤労世代の利用者が多く、保養地としても名を知られていない。滞在期間は、バーデンバーデンのように2〜3週間ということはなく、1〜2日の人が多い。ここでは、医療というよりも、ウエルネス的なものが求められている。泥パック、音楽療法など。

公営テルメの屋外プール
ウ マッサージの場合、保険対象は、6ユーロのみで、このうち、約1割の自己負担がある。保険外負担が19ユーロということで、保険で負担する部分は、ざっと5分の1と大きくない。また、今年の7月から診療報酬が変わり、一人当たりの保険からの支払いが少なくなり、日数も10日から半分の5日に減ったという。ドイツも日本と同様、保険財政が厳しく、保険でのサポートは年々小さくなるようだ。

エ このテルメの源泉は、食塩泉で、呼吸器官にいい影響を与える。酸性の泥を使った泥風呂、源泉を引いたプール、蒸気サウナ、薬草サウナ、エステの施設等がある。珍しい施設としては、暗い部屋に36度c位の温かい砂を敷き詰め、下から光を出して神経を休める効果をもたせる施設等があった。デプレッションへの対応ということであり、一種の精神安定効果をもたらすものと考えられる。

オ このテルメは、株式会社だが、市が100%株式を所有しているとのことであるので、公営といって良い。年間で2万5千ユーロ(約325万円)までは、市が赤字を補填してくれるが、それ以上は負担しないこととなっており、施設の改修や増設も市は負担しないこととなっているので、実質的には民営に近い。公営の良さと民営の良さをちょうど合致させた形態ではないかと考えられる。わが国でも取り入れてよい経営形態ではなかろうか。

9)公営テルメに対する筆者の印象をまとめると以下の通りである。

ア 規模からいっても民間の施設をはるかに上回っており、ここでも公的施設中心の温泉地運営の印象が強い。しかし、公営施設では、医療保険利用者を大事にしており、その点では、民間のホテルとは住み分けているように思われる。(エスプラねードホテルの経営者からも公的施設を敵対視する言葉は聴かれなかった。)

イ しかし、南ドイツのような伝統的な温泉地と違い、疾病金庫から送られてくる保養客は少なく、自己負担客にも相当程度頼らざるをえない状況のようである。また、制度改正により、保険負担は減少の傾向にあり、保険の占める位置付けは低下しているようだ。

ウ ここでも、ストレス対応が問題となっており、デプレッションなど精神安定に対する要請が強いことをうかがわせる。この点は、南ドイツではみられない傾向であろう。


2 ドイツの伝統的温泉地の変化

 (1) 変化の流れと方向性
わが国の温泉地のモデルとされてきたドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、これまでの長期療養客を対象とした古典的な温泉地から大きく変貌しつつあるといわれる。中田裕久氏の論文「伝統的温泉地の展望−ドイツの温泉地の動向分析との比較から」(以下、「中田論文」という。)を参考に、筆者が見てきた北ドイツにおけるリゾートの状況を組み合わせながら、その動きをみてみたい。同論文の流れをかいつまんで要約すると以下の通りである。

1) ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、長期療養客を対象とする古典的温泉地から健康・予防客を対象とした健康センターへ、他方、短期休暇客・行
楽客を対象とした観光センターへ転換することにより、健康ツーリズムを推進しようとしている。

2) 温泉地の基本的サービスは、治療、宿泊、食事のサービスであるが、これに加えて健康・予防サービス、娯楽、教養、創作、旅行案内などの各種サービスをどのように提供するかということが80年代から開始されたドイツの温泉地の活性化の課題となっている。これらの背景には、ダイエットや美容、フィットネスなどのプログラムの提供で顧客を獲得して来たアメリカのスパリゾートなどの成功がある。

3)ドイツの温泉地は、健康保険などを利用する療養客中心の温泉地経営から個人ベースで訪れる健康・予防客や休暇行楽者に対応した温泉地への転換が課題となっている。これは、あたかもわが国が団体客中心の経営から個人ベースで訪れる健康・予防客に対応した温泉地への転換が課題となっているのと同様な状況である。

(2)社会的療養客の減少

1) 中田論文によれば、1994年当時、旧西ドイツでは、4泊以上の湯治客は、940万人が記録されており、そのうち、年金保険又は健康保険により補助を受けているもの(以下「社会的療養客」という。)は、157万人を占めていたという(中田論文中のドイツ温泉協会資料による。)。その割合は、湯治客全体の16.7%である。ちょうど20年前の1974年においては、その割合は、23.5%となっており、20年間の間に社会的療養客の割合のかなりな程度の低下があったことを示している。この20年の間に、湯治客は、492万人から941万人へ1.9倍に増えたが、社会的療養客は、1.3倍にとどまっており、その間の増加は、プライベート客の増加によるところが大きいとしている。

2)上記と同様の資料によれば、1994年の社会的療養客は、約160万人であるが、そのうち、100万人が年金保険の補助を受けており、温泉地で入院し、リハビリあるいは関連治療を受けている。また、約50万人は、健康保険により温泉地に滞在する客で、外来の療養客として温泉施設に通っている。年金保険の目的は、労働力の維持ないし回復で、治療期間は、平均して28日間となっている。1994年には、年金制度の財源難を受けてであろうが、約5億ドイツマルクが削減されることとなっており、これはリハビリ治療が約3週間に短縮されることを意味するという。

 また、健康保険では、外来のリハビリ療養を実施しており、かっては、年間80万人にも及んでいた。1988年の制度改正により、1日あたりの補助金が削減され、外来療養客が減少している。筆者が来訪したバードザローの公営テルメの経営者の説明でも、1995年、同6年の法改正で健康保険利用者が大幅に減少したと指摘している。

(3)温泉リゾートの経営姿勢の分化

 1) 社会的療養客は、一般的には、温泉地での滞在期間も長いため、そのウエイトの減少は、全体的な湯治客の滞在日数の短縮化につながっている。中田論文では、1994年のデータとして、湯治客全体の滞在日数は、11.9日、社会的療養客の滞在日数は、25.5日、個人客の滞在日数は9.2日となっており、個人客の割合の増加は、全体としての湯治客の平均滞在日数を低下させることを意味している。

 2) 社会的療養客は、一定のメニューに従って療養を行っているので、滞在地における時間の過ごし方についても制約を受けており、自由な時間は少ないと思われる。これに対し、個人客は、時間の過ごし方を自分で決め、自由に対応ができるため、施設に対する多様なサービスのニーズが生まれてくることになり、施設側でもそれに応じたメニューをそろえることが要求されることとなる。

 3) このように、ドイツにおいても、わが国と同様、高齢化の進展の中で、医療保険制度と年金制度の財政悪化が進行している。これに伴って、数次の制度改正が行われ、温泉地での療養に関する公的な補助の内容がかなり大幅に引き下げられてきたが、この結果、社会的療養客の割合は減少し、サービス内容にも個人の多様な要請に応えることが求められることとなったといえよう。また、このことは、滞在日数の減少にも反映することとなったと思われる。

 4) このような流れは、ドイツ全体に一律に進んだのではなく、19世紀以来の伝統的な保養地であるバーデンバーデンなどを抱える南ドイツでは、医療的要素が今でも色濃く残っている反面、そうした伝統の比較的薄い北ドイツでは、新たなニーズを求めてウエルネスを主体とした温泉地利用の新たなシステム作りを展開することとなったのではないかと考えられる。


3 わが国への示唆−まとめとして

 1) わが国では、これまで、伝統的なドイツの温泉地への志向が強く、そうした温泉地の実情が広く紹介されてきた。その結果、医療への志向を色濃く持った、滞在日数の比較的長い、伝統的なドイツの温泉地のイメージが形作られ、わが国でもそれへのアプローチが求められてきた。しかし、最近の状況は、これまで述べてきたように、大きく変わりつつあり、ドイツの温泉保養地、ヨーロッパの温泉保養地とひとくくりではいえないようなバラエティを持つようになってきたといって良い。

 しかし、翻って考えれば、わが国においても、バブル時代を通して、団体観光客を大量に宿泊させる、画一的な大量消費型の温泉地利用を売り込んできたように、ドイツでも保険や年金で社会化された保養地消費をいわば画一的に大量に消費するシステムを作り出してきたという共通する状況も指摘できよう。そして、その共通性の中にある画一的なシステムを脱ぎ捨て、個人の多様なニーズに応える新しい温泉地経営システムが模索されているという意味で、日本もドイツも共通の土俵に立っているとも言えるのではなかろうか。

そうした中で、ドイツの温泉地の変貌を踏まえて、わが国の温泉地の再生のあり方について考えてみると、次のような課題が浮かんでくるのではないかと考える。

 2)第一には、減少したといっても、ドイツでは社会的療養を認めており、かなりな数の利用客がいるというのもまた事実である。わが国でもしばしば指摘されるように、高齢者医療の問題のひとつは、端的に言えば急性期医療と違って、治療の期間が長く、また生活スタイルとの関係が深いということである。その意味では、高齢者の健康を維持もしくは回復し、又は残された機能を高めていくために、温泉を活用し、ホテル・旅館を活用することは、急性期の患者のための高度な設備やスタッフを抱えた医療機関を使うよりも、全体として、医療費を節減することにつながるものであり、予防的範囲を含めればさらにその効果は大きいと考えられる。
近年、わが国においても、医療保険や介護保険による健康づくりの要請が高まっており、温泉利用をもう一度真剣に考えることは重要ではなかろうか。

エスプラネードホテルの薬草風呂
 3) 第二に、温泉の利用を考える場合、狭い意味での医療に限定する必要はないのは、当然である。医療を核としつつ、健康づくり、美容、フィットネス、ウエルネスなど多様で魅力的なメニュー作りを行うことが求められよう。特に、北ドイツにおける「ストレスマネージメント」への傾斜のありようは注目される。
ストレス社会であることは日本でも同様であろう。こうした点では、北ドイツの温泉地は、わが国でも大いに参考になるのではないかと考えられる。

 4) 第三に、温泉地の整備が重要であろう。わが国の温泉地とヨーロッパ諸国のそれを比較すると、もっとも大きな差異は、温泉地のゆったりした街づくりの有無であろう。南ドイツの代表的な温泉地バーデンバーデンでは、市街地に流れるオース側沿いの緑の散策炉をゆったりと歩くことができる。カジノのあるクアハウスや飲泉施設の周辺も緑が広く確保されている。大きな地下駐車場があり、市街地を安心して散策できるなど滞在客をゆったりと過ごさせる雰囲気が整っているようの思われる。

わが国においても、温泉地の関係者が一体となって、それぞれの地域にふさわしい街づくりを進めることがきわめて重要である。また、同時に、地方自治体が中心になって、公的コントロールを加えつつあるドイツの温泉地のありようは、大変関心をそそられる。その意味では、今回筆者が訪れた北ドイツの温泉地も含め、ヨーロッパの温泉地のあり方は、わが国にとって、今後とも大いに参考になることは言うまでもない。


         バードザローの静かな散策路
         

参考文献

1)中田裕久 健康と温泉フォーラム理事 「伝統的温泉地の展望―ドイツの温泉地の同行分析との比較から」
2)飯島裕一 信濃毎日新聞編集委員 岩波アクティブ新書「温泉で健康になる」




目次 NEXT
Copyright(c)2004 NPO法人 健康と温泉フォーラム All rights reserved.