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日本の温泉地再生への提言 [76] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本の温泉の現状及び問題点について

佐伯 年詩雄
筑波大学大学院人間総合科学研究科教授



日本の温泉の現状及び問題点について
 病の天然の治療場として開発されてきた温泉は、医療の発達と変容及び生活水準の向上、交通機関の発達等の社会変化にともなって、その意味機能を変化させ、戦後、急速に産業社会における気晴らし・娯楽の場に変容した。しかしこの産業社会における気晴らし・娯楽の場としての温泉は、産業社会的コンセプト、つまりマス(大衆)を対象とする巨大投資によって開発・提供される享楽型サービスを中心としてデザインされたため、さらなる社会変化に対応しきれず、今、存亡の危機に直面している。
 こうした状況を一層悪化させているのは、温泉概念の広義化や循環送湯システム等の開発等によって、「いわゆる温泉」が多発し、温泉の本質的価値としての「湯」に対する信頼性が下落し、それに対応して他の付加価値による集客力向上方策をとることによって、ますます本質価値から遠のく傾向が強まっている。

温泉地再生のあり方
(1)歓楽型温泉について
 歓楽型タイプの温泉利用は、先述したように、インダストリアル社会(産業社会)におけるレジャーに対応するもので、一時的な気晴らし・娯楽の施設としてデザインされたものである。つまり、産業型の肉体的・技能的な仕事で疲れ切った心身を回復するために、自らの能力をできるだけ使用しないで楽しめるようなサービスがセットされており、それを金銭で購うシステムとしてデザインされ、運営されてきたのである。つまり、多くの場合、豊かな自然環境にある温泉地に、インダストリアルな施設設備による環境空間を造成し、インダストリアルなライフスタイルに基づくレジャー、産業社会的娯楽を開発・提供するものとなったのである。
 環境と共生と福祉がグローバルなテーマとなっている21世紀の温泉は、従来的なインダストリアル型レジャーに対応する歓楽基地としてのイメージと姿を早急に転換することが望まれる。歓楽型は、もはやこれからの環境政策と両立することは困難であろう。21世紀の温泉は、インダストリアル・エコノミーからカルチュラル・エコノミーへの経済変容に対応するコンセプト(健康文化産業化)に基づいて、80年人生の長寿社会における新しいレジャー需要(文化、学習、自己実現、人間的成熟を求める時間享受型レジャー)に対応し、それを開発・促進する仕掛けに向けて発展することが望まれよう。
例えば、湯の活用を従来型の治療重視から、顧客の能動的な関わりによって、病の予防、さらに健康の開発に向けて進化させるようなプログラム等を開発することが求められよう。、こうした温泉のイノベーションの方向を考える上で何よりも大切なことは、これからのレジャー需要のコアは、顧客が自らの能力・資質を発揮することによって、さらなる人間的成熟にむけて歩むことであるということにあろう。
(2)温泉地の環境整備について
 インダストリアル型レジャーの特徴を別な視点で言えば、「短い時間にたくさんの楽しさを」であった。従って、「日常生活の場を早く離れ、レジャーの環境空間にできるだけ早く着き、ぱーっと楽しむ」ことが重要で、そのために大量・短時間輸送のための交通環境の整備が行われ、いわゆる環境破壊や汚染の大きな要因となっていた。こうした時代における温泉地への交通は、「旅」から「移動」に変容してしまったのである。
 また、温泉地の整備も、こうしたインダストリアルタイプの輸送システムに対応して、大量・短期収容をねらいとする施設設備が中心に進められた。しかも大衆的消費者をターゲットとする安い価格設定が求められることから、画一的設備と画一的サービスがセットされ、「山のものも海のものも、日本のものも世界のものも」ごちゃごちゃに混ぜ合わされた没個性の環境空間となっていった。それは、まさに歓楽型温泉の「食のメニュー」一つをとても一目瞭然であろう。こうした歓楽型温泉環境は、まさしくインダストリアリズムに先導され、支配され、開発されてきたものであり、それが本来的に恵まれた自然環境を十全に生かすことよりも、むしろそれを文明化することによって破壊し、汚染するものとなったのは必然的なことであった。
 インダストリアリズムは画一化による合理化によってコストダウンを求めることを本姓としているから、それに先導された歓楽型温泉によって、日本列島の各地の温泉場は、こうした環境汚染型レジャー基地になってしまった。従って、新しいレジャー需要に対応する温泉環境は、顧客各個人が、その環境へ旅をするとともに、その環境においても新しい自己発見と自己開発が可能となるような、その「湯」を含めた自然環境の個性化、それに対応する町並みや周辺環境の個性化等が真摯に望まれよう。もちろん、こうした環境整備においては、安全性の保証はもとより、高齢者や障害を持った方々等、個々人の多様な資質・能力が発揮されるようなおのであることが求められよう。

(3)長期滞在型温泉の利用について
 新しいレジャー需要は、自己開発に向けた時間享受型レジャー、つまり長期滞在型レジャーである。従って、温泉がそれに対応するレジャー享受資源として活用されることが求められることは言うまでもない。もちろん、すぐに飽きてしまう画一的な歓楽型温泉の娯楽提供型サービスでは、この長期滞在型レジャー需要に対応することはできない。だから、温泉地には、じっくりと取り組み・関わり合うことから生み出される新たな自己を求められるような環境整備とプログラム開発が、さらに、滞在期間中のアクティビティによって、楽しみの欲求がスパイラル的に発展する環境整備とプログラム開発が求められることになろう。
それらは総じて言えば、芸術やスポーツ等の文化プログラムであろう。しかし、近代芸術も近代スポーツも、産業革命を契機とする近代都市の文化性を強く帯びているから、「画廊やコンサートホールを作ればよい、あるいはテニスコートやプールを作ればよい」と言うわけにはいかないのである。むしろそれを含みながらも、「環境と芸術」、あるいは「環境とスポーツ」の視点から、個々の温泉地環境の個性ある文化的可能性を開発すべきなのである。
また、長期滞在型レジャーの進展にとっての大きな社会的な課題は、豊かなレジャーを退職後・老後のみに享受するのではなく、人生の全体にわたって分散させ、それぞれの時期に長期滞在型レジャーを享受できるライフスタイルを生み出し、それを支える社会システムを開発することである。私が数年前に行った国際調査では、職務成績の優秀な者への報償やボーナスを有給休暇で出す企業が少なくなかった。金銭では税関係の差し引きが大きく、出す方にももらう方にもメリットが少ないからだと言われる。有給休暇の積極的な活用はもちろんのこと、こいうした制度の導入が重要となると思われる。

(4)温泉地活性化のための地域や国・自治体の役割
 広い意味で、「湯」という天然資源は基本的に公共財である。また、沸き出るところは特定私有地でも、地下の湯脈はそこに限定されない地域的広がりを持つものである。さらに言えば、必ずしも湯は無限の資源ではなく、乱開発によっては枯渇することすらある。従って、湧出地権者・開発者等の権利を一定程度保証しながらも、地域全体の資源としてとらえ、地域全体の公共的な視点から管理・運営することが望まれよう。
また、温泉地の活性化は、直接湯を提供する特定業者の手によってのみ可能なわけではない。21世紀型の温泉享受を求める顧客は、温泉を中核にしながらも、その地域の自然と文化、歴史と産業等の全体と関わることによって自己開発を可能にしようとするからである。ましてや長期滞在型レジャーに対応するためには、「湯」の享受と関連する多様な文化享受を実現するシステムが重要となる。つまり、これからの温泉地活性化には、鄙びた癒しの装いの中に、高度な質を持つ環境・文化・歴史・産業等が重要なのである。しかも、こうした「湯をコアにした文化享受システム」は、各資源の開発と整備が個別的にではなく、計画的・総合的に行われて初めて有機的な意味を持つシステムとなるのであるから、しっかりした共通理念とコンセプト、ビジョンと計画に基づいてデザインされ、整備されねばならない。従って、これからの温泉地活性化は、地域社会における住民の共同プロジェクトとして行われなければならず、そのためには、当該地域の公共体が積極的な支援を行うことが望まれよう。自治体や国においては、温泉地活性化プランを、新しいレジャー需要への対応性という未来志向の充実した理念・コンセプト・ビジョン・計画性の観点から評価し、計画実現支援のための助成制度を開発することが望まれよう。


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