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日本の温泉地再生への提言 [72] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本の温泉地の再生に向けて

馬瀬 和人
財団法人静岡経済研究所 研究部主任研究員



日本の温泉地の現状と問題点
近年、温泉を核とした大型複合レジャー施設が相次いでオープンし、「足湯」の設置が各地でブームとなるなど、わが国は世界随一の“温泉天国”としてさらなる進化を遂げつつある。利用者にとっても、温泉をより身近に感じられ、多様な楽しみ方ができる現在の環境は、歓迎すべき状況といえるだろう。
しかしその一方で、“全国総温泉地化”の進行によって地域間の競争が激化し、各温泉地には、これまで以上に知恵と工夫が求められる時代となったことも確かである。
特に、現在厳しい状況に直面しているのが老舗の温泉観光地であり、当所が立地する静岡県の伊豆地域は、まさにその代表例として挙げられる。しかも、これら老舗温泉観光地の抱える問題は、その多くが旅館・ホテルの問題に起因するものとはいえ、バブル期における施設の大型化がもたらした不良債権問題や閉鎖・撤退(企業の保養所も含む)によるゴーストタウン化、囲い込み戦略による商店街・飲食街の衰退など、地域全体の活力低下につながってしまったことが、問題の根を深くしていることは間違いない。

温泉地の再生に向けて
1これからの温泉利用のあり方
その解決に向けて、今求められているのは、「原点回帰」ではないだろうか。
再生を要する老舗温泉観光地の多くが、かつては温泉目当ての湯治客で賑わっていた。しかし、時代の変遷とともに旅行形態が変化する中で、温泉旅館・ホテルの側も施設の大型化・囲い込み戦略を志向し、以前は目的であったはずの温泉が、宴会などの“付録”と化していくこととなる。そして、こうした歓楽型・団体型観光地へと転換する際に、施設や地域としての個性を失わせ、「温泉に浸かって宴会をやるだけならば、どこでも同じ」という印象を観光客に与えてしまったことが、今の苦境を招いたといっても過言ではないだろう。
その反省を踏まえて、最近では、温泉を“観光”資源としてだけではなく、貴重な地域の“健康”資源と捉え直して、積極的に活用しようという動きも始まっている。静岡県でも、「温泉療法」を提供する日帰り温泉施設や旅館・ホテルが複数見られ、また、温泉療法を実践するNPOや、旅館組合などと協働で温泉と人間ドック、温泉とヘルシーメニューを組み合わせたプランを開発するNPOも登場し活躍している。
わが国では、少子高齢化によって、今後、高齢者の人口比率が高まっていくのは確実であり、湯治に代表されるような健康、保養を目的とした温泉利用ニーズが、ますます増えていくものと考えられる。そうした情勢を鑑みると、方向性としては、そこを志向する温泉地、旅館・ホテルなどが増えるのは当然の流れだろう。しかし、温泉に対する人々のニーズはきわめて多様で、必ずしも“べき論”で活用方法を限定的に捉えることはないし、今の段階で健康利用にのみターゲットを絞っても、客室を埋めるだけの需要がなく、また、設備面などで受入体制が十分に整備されていないのも事実である。むしろ、現在は来るべき高齢社会に向けての助走期間と位置づけ、メニューの1つとして提示しつつ、徐々に温泉の健康利用を促進すべく、普及・啓発していくのが現実的な対処法といえるのではないか。

2街並み整備や周辺環境保全の必要性
温泉地に限らず、地域の個性発揮に向けて、街並み整備は重要なポイントである。このことは、行政関係者のみならず、多くの人が必要性・重要性を理解していると思われるが、実際には、観光客数の減少に伴う財政悪化に直面する自治体にとって、ハード整備に取り組む資金的余裕がないというのが実情だろう。
その中で、たとえば静岡県の熱海市では、今年度に「熱海まちづくり条例」(仮称)の制定に取り組んでいるところであるが、まずは、地域のコンセンサスの形成を図る中で、できることから実現化していくという発想が求められよう。
また、健康資源としての温泉活用を図る上では、休養・保養・療養に必要な自然環境の保全も欠かせないテーマである。近年は、温泉資源の枯渇が懸念されていることもあるが、開発型の「再生」を志向するのではなく、森林浴やウォーキングなどに適した自然環境を守ること、文学や歴史など地域固有の文化を踏まえ、そぞろ歩きしたくなるような温泉情緒あふれる風情を後世まで受け継ぐことが、“癒し”空間としての温泉地のあるべき姿と考える。

3長期滞在型の温泉地利用は可能か
長期滞在を可能にするためには、国や民間企業での休暇制度の改革や、宿泊施設での料金設定の見直し、温泉利用の保険適用など、さまざまな方策が考えられるが、これらのどれか1つが欠けても長期滞在型へのシフトは難しい。しかも、制度上は改善が図られたとしても、これまでの日本人の旅行形態を見る限り、長期の休暇があれば、海外旅行に出掛けたり、国内旅行でも数多くの観光地を巡り、“1ヵ所の温泉でゆっくり”という過ごし方には慣れていない人が大半だろう(もちろん、憧れはある)。
今後は、こうした旅行パターンも変化する可能性はあるが、現時点ではむしろ、リピーターとしての利用を促進することが現実的と思われる。
その点で、静岡県立静岡がんセンターの総長である山口建氏の提唱する「かかりつけ湯」が参考になろう。「かかりつけ湯」とは、医療で言うところの「かかりつけ医」の温泉版のことで、健康なうちはいろいろな温泉を観光するのも良いが、カラダを癒す、病気を治す、療養するには、行きつけ、かかりつけの温泉が必要となるとの考えに基づいて提唱されたものである。伊豆地域の温泉は、首都圏からも近く、リピート需要を取り込みやすい立地環境にあることから、この「かかりつけ湯」構想は、伊豆ブランドの再構築を図る上でも、大いに可能性があるのではないだろうか。


4行政施策と地域の努力(静岡県を例に)
静岡県では現在、静岡県立静岡がんセンターの設置を契機として、「富士山麓先端健康産業集積構想(ファルマバレー構想)」を推進中である。この構想では、モノづくりを主体とする医療産業とサービス業を中心とするウエルネス産業が、産業集積の2本の柱と位置づけられており、ウエルネス産業に関しては、温泉を利用した健康回復・増進に関連するビジネスの振興に取り組んでいるところである。実際に、伊東市や伊豆市などでは、健康保養プログラムを盛り込んだツアー客の受入れや、市民の健康づくりにつながる事業を展開中であり、その動きも年々活発化している。
ただし、温泉療法を手掛けるインストラクターが不足している、旅館・ホテルの従業員で温泉の効能に関する知識が十分ではない、といった声も聞かれることから、人づくりに関しては、今後、行政の更なるバックアップが必要となろう。
また、温泉がもたらす健康増進や癒しの効果を促進するためには、関連の深い医療機関に加えて、各種体験施設や植物園、動物園・水族館、美術館などとの連携強化にも取り組む必要があるが、これらの機関、施設、団体等とのコーディネート役としても、行政に対する期待は大きい。

5むすびに変えて
 先述したように、老舗温泉地の苦境の根本原因は、旅館・ホテルにおいて、バブル期に膨らんだ客室数などのキャパシティと、現在の需要との間に大きなギャップが生じたことにある。したがって、まずはこのギャップの解消に向けて、新たな需要を創造していくことが重要なポイントとなるが、その際、温泉の健康利用についても、従来型の湯治スタイルやイメージにとらわれることなく、地域や旅館・ホテルなどで独自の工夫を凝らしていくことが望まれる。
温泉地の再生に向けては、行政だけではなく、民間企業や医療機関、地元住民などの理解と協力が不可欠であり、むしろ、地元からの内発的な盛り上がりが重要な要素となる。改めて、各温泉地の「個性」や「魅力」は何か、何を守り、何を変えるべきかなどについて、地域が一丸となって議論し、長期的な視野のもとで目指すべき方向性を打ち出していってほしい。


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