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日本の温泉地再生への提言 [63] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本におけるタラソテラピーの発展をめざして

大友 廣
株式会社マリナックス 代表取締役



現状と問題点

日本における本格的なタラソテラピーの誕生は、バブル景気の中で、リゾート法第一号に指定された、三重県鳥羽市に1992年開業した「タラサ志摩」の施設であり、当時、この施設は「健康と美容」をテーマとした新しいリゾートの提案として注目された施設であった。その後、バブル崩壊の中で、千葉県勝浦に「テルマラン・パシフィーク」(1997年開業)、富山県滑川市に海洋深層水を活用した地域住民の健康増進を目的とした「タラソピア」(1998年開業)や「テルムマラン・ラグーナ蒲郡」(2003年開業)などソフト面とハード面が充実している施設は数少ないか、いくつかタイプの異なるタラソテラピー(?)が誕生している。日本でのタラソテラピーは、仏、独などのヨーロッパと比べ、運営面や施療技術などソフトについても施設数においても、かなり遅れており、しかも、事業としての成功事例は皆無に等しいのが現状である。しかし、近年、高齢化社会の到来と病気予防への関心の高まりとともに、特に、海洋深層水の非水産分野への利活用としてタラソテラピーが注目され、漸く、2003年より、農水省は漁港・漁村の振興策の一つとして、「漁村コミュニティー基盤整備事業」の核施設として、タラソテラピー施設を助成金適用の対象に認めた。このことにより、公共型のタラソテラピーに国の財源を適用できる展望が開け、焼津市、室戸市など全国各地に実施計画中または、現在検討中の所が多くなりつつある。(全国の主なタラソテラピー施設は、表-1および表―2参照)

海に囲まれている日本で、なぜ、タラソテラピーが発展していないのか?
今までいくつかのプロジェクトに参画した一人として、日本におけるタラソテラピーの問題点やその背景について、省みることにより、これからのタラソテラピーの発展に多少なりともご参考になれば幸いである。



(1)コンセプトと市場性のミスマッチ
・日本の各タラソテラピー施設はコンセプトの確立と、その施設コンセプトに基づく市場環境分析などあまり検討せずに実施に着手する例が少なくない。
・特に、公共施設の場合は、住民の健康から観光客まで取り込み、八方美人的コンセプトとなりがちで、施設内容も運営サービスも顧客の満足が低い施設が多い。

(2)運営ソフトの未成熟
・タイプAおよびCは民間企業が運営している事例が多く、サービスメニューは比較的に豊富である。
・公共型施設は三セク運営で、かつ、入場料金が安く設定しており、サービス内容が貧弱である。しかし、民間に委託している施設では福岡タラソ、シーランド海遊館など比較的に成功している事例もある。
・医師や看護士など医療スタッフを常駐している事例はタラサ志摩しかなく、療法の科学的根拠や、臨床データなどの知見に乏しい。

(3)多大な初期施設投資
・事業収益は表−1bに示すとおり、初期投資が大きい施設は何処も大変な赤字で、事業として成立し得ない。しかし、投資規模が小さく、かつ、民間事業者が事業参加しているタイプCおよびDのごく一部の施設でしか事業収益を上げていない。
(4)新しい民間の事業参加システム芽生え
1) PFI方式の導入
(タラソ福岡方式の事例)
・福岡市は「臨海工場余熱利用施設整備事業」で焼却施設から排出される熱源を利用して、近隣住民の健康増進施設として、全国では初めてのPFI方式を導入して、「タラソ福岡」を2002年4月開業。
・市が事業参加グループを公募し、提案書類の書類審査からプレゼンテーションし、その中から、2つの企業グループに絞り込み、最終的には2グループよる入札で、最終の実行する企業グループを決定。
・この「タラソ福岡」は述べ床2,850uの施設で、BOT(ビルト・オペレーション・トランスファー)形式のPFIで、民間ノウハウと資金により建設から15年間の施設運営・管理・経営を実施。(15年後はすべてしに返還する契約)公共側の15年間の事業拠出金額は12億円隣、約5億円削減。成功事例として注目。
2) 設計・運営事業の参加を前提とした
プロポーサル方式
(焼津タラソ方式の事例)
・静岡県焼津市は海洋深層水を活用した地域振興と市民の健康増進を目的とした「焼津市タラソ関連施設整備計画」について、設計業務と運営事業参加(運営事業会社を設立し、出資して運営事業に参加)を前提としたプロポーサル方式を導入し、全国公募して2004年実施計画中。
・この施設は公設民営を前提とし、施設規模は タラソ施設 2500u(目安)
海産物等物販とレストラン関連施設
2000u(目安)
・建設総工費20億円予算を公開して、入札実施



タラソテラピー発展のために

日本のタラソテラピーは現在の温泉地が抱えている課題や問題点と類似している点も多いが、古くから日本人に定着している“温泉”に比べ、ここ10年余の“タラソテラピー”とでは、市場規模や科学的検証、運営ノウハウの蓄積など、さまざまな点で未成熟である。しかし、ヨーロッパのタラソテラピーは、疾病予防やリハビリ施設など医療との融合により、東洋医学的な代替医療のひとつの手段として数多くのタラソセンターがあり、利用者も定着している。

(1)あたらしい事業方式の導入
1) PFIタラソ福岡の成功事例に学ぶ
国内初のPFI方式を導入した「タラソ福岡」での成功は、これからのタラソテラピープロジェクトのビジネスモデルとして注目されている。この成功で、簡単に、他の公共型タラソテラピー施設整備にPFI導入が可能になったとは思われないが、施設の立地環境、利用目的、施設構成、市場環境など導入の客観的な条件と何よりも中核となる企業グループが整えば、導入の様々な前提条件をクリヤーできることを示している。しかし、タラソの立地場所が「タラソ福岡」の様に、大都市内か、もしくはその近郊で、行政側の政策と企業の目的とが合致し、かつ、タラソテラピーに相応しいきれいな海水(または海洋深層水)を直接取水できる立地条件は、全国広しといえども、そうあまりない。
2) 運営ノウハウを反映した企画提案方式(設計業務・設計監理を含む)
「焼津市タラソ関連施設整備計画」や現在計画中の高知県室戸市癒しの里計画の中核施設として「室戸健康増進施設」整備計画および富山県入善町「海洋深層水体験交流施設整備計画」などこの方式を導入して計画中である。これら焼津市、室戸市および入善町の3プロジェクトはいずれも農水省の漁村コミュニティー基盤整備事業の適用を受け、現在、海洋深層水を活用した健康増進施設を計画推進している。
しかしながら、この方式を導入する前提は受注した企業は開業後の運営・経営に一定の責任を伴う事から事業採算性の見通しがなければ、参加する企業グループがなくなる可能性がある。また、国の助成金の適用を受けるため、その助成金の趣旨にのっとり、専門の検討委員会の答申を受け、計画が策定される。そのため、民間事業者(計画者)の意向や当該自治体の政策や利用者のニーズをどこまで本計画に反映できるか調整が複雑になり、事業経営の責任も曖昧になる。

(2)マーケティングと顧客のニーズ
1) 施設のコンセプトや施設整備の目的は財源の趣旨と整備する立地条件から、自ずとその方向性が定まり、規定されるが、計画策定にあたっては、必ず、整備する地域の市場環境や想定する利用者のニーズなど、市場調査を実施した上で、慎重に計画しなければ事業は成功しない。
2) 1)の市場分析結果と利用者のニーズに基づき、施設アイテムやサービス内容の計画を設定し、運営事業の黒字化を前提に施設規模や建設投資金額を設定する。
3) 各所団体や一部の組織からの要望に加担せずに、コンセプトを明確にして、市場環境や、各種調査結果などの客観的分析に基づき、出来る限り、規模を絞り込み、あれもこれもと総花的にならないよう十分注意が必要である。

(3)ハード重視からソフト重視の思考への転換
日本のタラソテラピーは、どちらかといえば、ハードの箱物が先行し、運営サービスの内容を軽視している施設が少なくない。こうした反省から、最近では、財政事情の制約もあり、民間の運営事業のノウハウを組み入れた、新しい事業スキームを導入する機運が高まってきていることは歓迎すべき傾向である。
ここで大切なことは、誰のために、どんな目的で、どのようなサービスを、いくらの料金で、一日何人程度利用者をどこから見込んで、……等について、常に計画の原点に立ち返得ることが重要である。中でも、サービス内容の充実はその施設運営の要であり、事業の成否に直結するきわめて重要なマターであることは云うまでもない。

(4)科学的裏づけと社会的認知
1) “タラソテラピー”とは? 日本では、都市ビル内にある海草パックを中心としたエステからヨーロッパ並みの施設で、訓練されている療法士・医療専門スタッフを常駐して運営しているところまで、同じ“タラソテラピー”と謳って営業しているのが現状である。
これからのタラソテラピーの発展のためには、ヨーロッパと同様に、事業者協会と医学会などが協力して、タラソテラピーのミニマムガイドラインの設定や医学的効能・効果を検証し、基盤作りが重要である。
ガイドライン作りの方向としては、先ず第一に、タラソテラピーに相応しい自然環境(海水の水質、気候、地形、環境など)かどうか?第二に、タラソテラピーの療法を運営できるオペレーション体制とシステム(サービスメニュー、専門スタッフの技能、スタッフの数など)になっているかどうか?と云う視点が不可欠である。
2) 日本では、施設数が少ないことと、ヨーロッパ並みのオペレーションをしている施設は1、2,箇所しかないため、症例や知見が少なく、あまり発表されていない。しかし、青森県市浦村では、地域住民向けの健康増進型の施設を開業し、住民の利用促進にともない、当該自治体の健康保険料の低減化の成果も出ているとの報告もあり、さらに、近年、その他地方において、近く開業を向かえる施設が2、3あり、同様な成果報告が期待される。

(5)専門スタッフの育成
現在、専門スタッフの養成は、民間企業が独自に養成しているが、質・量とも不足している事もタラソテラピー発展の阻害要因の一つになっている。そのため、これからは、大学や各種専門学校などの教育機関と日本海洋療法研究会や業界団体など官、民、学の協力・協同して、スタッフ教育、養成の基盤作りが緊急な課題である。と同時に、スタッフ技能のレベルアップやその認定制度の整備が望まれる。

(6)長期滞在と低料金化へ
都市住民にとって、タラソテラピーは、温泉と同様に、1日,2日間の短期利用に限られているのが現状である。特に、タラソテラピーの場合は、マンツーマンの療法が主体であるため、一日の利用料金(1万2千〜1万5千円程度)高額になるため、長期滞在することは宿泊を含めるとかなりの高額出費となる。日本の現状では、低料金を実現することはかなり困難な課題であるが、しかし、ヨーロッパのフランス・ドイツなどと同様に、一日3〜4療法を受けて、7千円から8千円/一人程度までには低料金にしなければならない。ヨーロッパ並みの技能レベルと施設環境が、7千円から8千円/一人の料金で実現できれば、必ずしもタラソテラピーは高い料金ではなく、顧客満足度は高くなり、日本にも十分タラソテラピーの市場ポテンシアルが存在していると思われる。

(7)地域の資源や特徴を生かした余暇滞在プラン
タラソテラピーは一日3〜4時間の療法をミニマム一週間(療法は6日)程度続けることが理想とされているため、滞在期間中の余暇活動は大変重要なテーマである。その地域の文化や伝統、慣わしなどに接し、その地域の風土を生かした長期滞在プログラムの提供もタラソテラピーには不可欠な要素である。また、滞在する地域限定の食材や薬草などを取り入れた食餌療法などのメニューを提供することなどはその地域の特徴を活かしたタラソテラピーにつながる。

おわりに

日本におけるタラソテラピーは、少子高齢社会の到来の中で、病気予防や生活習慣病に関心が高まり、それらの国民のニーズに応える手段として、一つの選択肢になりえる可能性が十分ある。また、前述の通り、PFIの導入やソフト&ハード結合の事業コンペ方式など新しい事業スキームとして民間企業の知恵と資金が生かされ、タラソ事業の成功例が誕生している事が、何より、光明を見出した感がある。このような動きと背景が、近い将来、日本独自のタラソテラピーが発展する可能性が十分あると確信している。


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