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日本の温泉地再生への提言 [58] -第2グループ 学者・専門家・団体

日本の温泉の現状及び問題点

田中 収
大月短期大学 地球科学研究室教授



 日本列島は、太平洋プレートの沈み込みによる火山フロントが北海道・東北から中部の背梁山脈を通り、長野付近において、伊豆、マリアナ方向に曲がり、マグマ上昇による火山帯を形成している。さらに、西南日本の日本海側及び、九州の火山帯も含めて活火山温泉体もして高温の温泉が昔から存在している。
 また、高温の活火山温泉帯の周辺には、新第三期以降の寅入岩体及び、火山岩が分布し、冷鉱泉も含め、火成岩温泉帯として昔から湯治等、多くの多くの人々に利用されてきた。しかし、日本においても温泉に恵まれない地域は多く存在していたが、温泉探索や掘削技術等の進歩により、非火山性型の温泉が近年極めて多くなり、より多くの人々が身近に、より安価で、心と身体の癒しができる環境が作られてきた。しかし、温泉資源も限界があるだけに、浅層地下水資源を含め、全体的水収支をきちっと各地下水帯毎に把握しながら利用していくことが重要な課題であると考える。

中央日本・山梨県における温泉環境
 明治28年発行の甲斐名湯案内誌によると、山梨県の温泉は、富士川支流早川渓谷の西山温泉、峡南下部川渓谷の下部温泉、笛吹川渓谷の川浦温泉、塩ノ山山麓の塩山温泉、湯村山山麓の湯村温泉の5ヶ所が紹介されているだけである。今から約100年前の1890年頃には、温度が25度以上ある温泉は、湯村山麓からつづく愛宕山山麓の温泉も含め、県全体で数ヶ所である。当時、山梨県は全国的に見ても極めて温泉数の少ない地域であったと考えられる。
 その後、ラジューム温泉で名高い増富温泉が世に出され、1956年には、愛宕山山麓の東方に位置する石和町において、地下水掘削時、偶然、温泉が発見される。1961年の掘削では、多量の温泉が湧出、小川に溢れ「青空温泉」として全国的に有名になる。この石和・春日居温泉郷が誕生することにより山梨県は、温泉県の仲間入りをしたのである。1970年代に入り、山梨県内市町村の自治体の老人センター、福祉センターの目玉として温泉資源の必要性が極めて高くなる。筆者等は、多くの自治体より温泉資源の可能性の研究調査を依頼され、甲府盆地南部の中巨摩広域市町村老人センター温泉、田富福祉センター温泉、盆地中央部の昭和総合会館温泉、盆地西北部の竜王町営温泉等を順次湧出させてきたのである。これは、甲府盆地深層熱水温泉帯(1984 田中 収)として、広域的に面的な広がりを持つ貯蔵層の存在があったからである。一方、山岳地域の市町村も地域活性化、観光の目玉として、温泉資源の必要性がこれまた極めて高くなる。筆者等は、山岳地域の南八ヶ岳山麓で初めて本格的温泉、白州町営温泉、巨摩山系で初めて41度の良質な温泉、芦安村営温泉を湧出させることに幸い成功したのであるが、これは、塩尻小渕沢断裂温泉帯(1984 田中 収)等の線的な貯留層の存在があったからと考えている。
 山梨県における所謂、温泉・鉱泉として昔から呼ばれていたもの、又は利用されていたものも含め、温泉・冷鉱泉は171箇所の地域に分布する。
 この中で、温度が25度以上の温泉は91ヶ所の地域が現在あり、100年前の6箇所の実に5倍の地域が温泉開発により発見されたことになる。
 また、近年、富士山麓地域に新温泉源の発見が数多く認められ、山中湖村、河口湖町、鳴沢村、富士吉田市等の地域活性化に大きく貢献している。
 山梨県付近は、太平洋プレート、フィリッピン海プレート、北アメリカプレート、ユーラシアプレートという実に四つのプレートがひしめき合う世界の中で最もユニークで個性的な特色ある地域である。数千万年もの大昔、今の中国大陸近くの海底で堆積、陸化した古い日本列島の大地が約1500万年前の大昔、日本海の拡大と共に南下し、現在の南アルプスや秩父多摩甲斐国立公園の大地を作り、新しいプレートの潜り込みは、新しい日本列島深部においてマグマを溶融し、マグマの貫入による花崗岩体を形成している。さらに、地表近くの新しい火山活動は、八ヶ岳中信高原国立公園、富士箱根伊豆国立公園を形作り、フィリッピン海プレートの北上衝突は、世界的に極めて珍しいトライアングルの山系、水系と、不思議な大三角形盆地を誕生させている。山梨は、現在、世界で最も活動的な新しい大変動帯であり、生きている大地なのである。独立峰としての火山山地で最も高い富士山、連峰として褶曲山地で日本で最も高い北岳(白根三山)を有し、富士川最南端は、海面すれすれの標高70メートル河床である。この高度格差は、気象、水象等々、様々な個性あふれる地球科学的条件を生み出し、多様性ある植物相とともに、植物をベースにする動物相の多様性も育んできている。また、空間的な多様性だけでなく、時間的にも四つのプレートを中心にした構造発達のドラマが、日本列島を横断するフォッサ・マグナ(大地裂帯)を形成し、東西方向に発達してきた古い日本列島と、南北方向の新しい日本列島の斜交構造を作り上げてきているのである。
山梨県は、クロス・アイランドの真直中とも云えるようなユニークな特性を有している。このような多様性ある大自然の厳しさと大いなる恵みが、それぞれの地域に、極めて個性的な歴史や文化を誕生させ育んできたものと考える。
 山梨は、クロス・アイランド。クロス・ヒストリー。クロス・コミュニケーションと云う。空間的にも、時系列的にも、イメージ的にも“クロス”の風土の特性を有する地域ともいえるのではないだろうか。
 クロスしている、トライアングルの特性は、ヨーロッパのアルプスやロッキー山脈等のように平行したトレンドの褶曲山脈でないだけに、どの地域の温泉地からも、極めてユニークな最高級の景観が展望でき、また、高度較差は、転地療養等に関する温泉地の標高の多様性をもたらす等極めて「温泉相」を豊かにしている。また、地盤構造の多様性は、涵養される基盤の特性の違いから、泉質別効能等に関する、「泉源相」の多様性をももたらしている。
 世界的名山である富士山は火山地域であるが、温泉は火山系の熱源ではなく富士火山の基盤の特性を反映している「泉源相」の温泉である。山中湖村の温泉は400万年昔の酸性深成貫入岩体である丹沢石英閃緑岩系の、ペーハー10.0の高いアルカリ性の単純温泉、河口湖町では、1,500万年昔の海底火山活動時の熱水鉱床を胚胎する基盤からの高い濃度のCa・Na-SO4温泉、鳴沢村では、Mgが高い、Ca、Mg・Na-SO4温泉、富士吉田市では、兩岩体系の境界部にあり、「泉源相」的に、珍しいペーハー9.8の高アルカリ性のCa・Na-SO4温泉、と全て異なる「泉源相」の特性を有している。また、山中湖村では、横臥型溶岩樹型を地下で見ることのできる世界で唯一の地下溶岩野外博物館、鳴沢村では、世界一の溶岩洞窟や富士山博物館を温泉施設と同時に整備し、より「温泉相」を個性的にしている。山中湖の「紅富士の湯」、富士吉田市の「赤富士の湯」、河口湖町、鳴沢村の富士眺望の湯等、富士山の近・中・遠の景観相も皆異なる特性を有し、さらに「温泉相」を豊かにしている。八ヶ岳火山地域も、基盤の特性を反映する単純温泉もあれば、高濃度のNa-HCO3・Cl温泉もあり、ナウマンのフォッサ・マグナ命名の大景観環境も有している温泉地である。甲府盆地は、非火山性の深層熱水温泉帯、甲府盆地基盤断裂温泉帯、甲府北部火山性基盤断裂温泉帯等から、石和温泉も含め、100ヶ所以上の多様性ある温泉が湧出している。さらに、関東山地基盤断裂温泉帯にも、20ケ所以上の温泉が湧出し、大和村のペーハー10.3を頭に、高いアルカリ性温泉郷を形成している。巨摩山地、富士川地域は、新第三系のグリーンタフ等の基盤断裂温泉帯等から、Na-Cl温泉、Na・Ca- SO4温泉、Na・Ca-HCO3温泉等の様々な温泉が湧出している。
 白洲町においては、糸魚川静岡地質構造線の活断層線上に、ペーハー9.95のNa・Ca-Cl温泉が湧出している。
 100年前には、25度以上の温泉は、5ヶ所しかない温泉地の極めて貧弱な山梨県が、現在、150ヶ所以上の温泉法による温泉を有し、県民の福祉と観光を中心にした地域活性化の目玉になってきている。
 それぞれの温泉地には、他にはない個性的でユニークな文化遺産的潜在資源も数多く埋もれている。これらの潜在資源をソフト的発想で発掘し、より「温泉相」を個性的に豊かにしていくことが、これからの地域活性化に結びついていくと考えている。温泉は、地球「ガイア」が人々に恵み授けてくれた「地球の体液」と呼んでよいような極めて貴重な宝である。多様性ある豊かな「温泉相」に感謝し、温泉水も含む水資源の「涵養量」と「利用量」のバランスをきちっと考え、環境を保全し、また多様性ある「温泉相」を生かした「休養・保養・療養」に関する温泉医学的活用も十分に取り入れながら、より良い「温泉相」を残し、作り上げていくことが地域の人々の健康・福祉や活性化について最も重要なことだと考えている。「温泉と地域活性化」について、これからは、ナンバー・ワン的発想だけでなく多様性を生かしたオンリー・ワン的発想が極めて大切だと考えている。


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