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日本の温泉地再生への提言 [28] -第2グループ 医学

温泉―健康への招待

谷崎 勝朗
(三朝) 岡山大学医学部・歯学部附属病院 三朝医療センター 教授


健康のための温泉利用
 近年中高年者を中心に自分の健康について考える人々が増加しつつある。
そして、生活習慣病と呼ばれる一連の疾患群が、中高年者の健康を害することが多い。したがって、病気を持っている人はその病気を少しでも良くするために、そして現在病気はない人でも、将来的に病気にならずに今の健康状態を維持するためには、どのような生活習慣が求められるのか?食事は?運動は?そして、元気の元である気力は?の質問に対する答えが必要となる。その中で、温泉はどのように位置づけられるのか。呼吸器疾患を中心にさまざまな病気に対して温泉療法を専門的に行っている立場からすれば、短期間、例えば2、3日の温泉保養地への滞在は、入浴回数も限られてくるので、精神的なストレス解消の意味合いが強くなると言わざるを得ない。むしろその期間中に健康について考えるゆとりができることの方が重要であるかもしれない。すなわち、病気になりたくないとの思いを持っている人は誰でも、どうすればその思いがかなうかについて考えてみる機会を常に持っていなければならない。

温泉地の再生のあり方
 現在温泉は、健康増進、病気の予防、福祉および病気の治療のために使われている。日本人の3大死亡原因は、癌、脳梗塞、心筋梗塞であるが、脳梗塞や心筋梗塞などの血管障害によって発症する疾患は、生活習慣に気をつけることで、ある程度予防していくことも可能である。この際には、食事、運動、喫煙、飲酒などの生活習慣の改善とともに、温泉地への短期間の小旅行も考慮されて良い。すなわち、病気の治療を除けば、短期間の温泉地滞在が病気の予防や健康維持に有用に作用するような計画を作成しなければならない。生活習慣病と密接に関連する生活習慣のなかでは、食事と喫煙が最も重要である。そして、食事では、高栄養価の食品(動物性食品や豆類)をひかえるとともに、緑黄野菜を十分摂取する必要がある。すなわち、血中のコレステロール値を増やさないような食事が中心の食生活に改められるべきである。また、健康を考える場合には喫煙は中止しなければならない。温泉保養地では、少なくとも健康を考える場合においては、出される食事は当然粗食であるべきで、その土地の野菜を中心とした料理が提供されるべきである。すなわち、現在多くの温泉地の旅館で取り入れられている快適な部屋と豪勢な料理の抱き合わせで高い料金を取るシステムを大幅に改定し、質素な部屋と粗食を提供する健康志向型の温泉宿が沢山できてくることが望まれる。
 健康志向型の温泉旅館をどのようにつくり、そしてどのように育てていくべきか、その組織づくりも急がれるが、まずそのような温泉旅館が必要であることが、一般的に認知されなければならない。しかしながら、温泉地への小旅行を試みる多くの人々は、現在の温泉旅館の料理が御馳走過ぎることや、宿泊料金が高すぎることなどの感想を持っているように感じられる。実際、私のいる病院の外来へ通院中のある患者さんは、旅行に出かける前に外来へこられて、「今度は温泉旅館に2泊します。コレステロールが上がっては困るのでその期間中は、コレステロールを下げる薬をいつもの倍下さい」と頼まれたこともある。そこまでして、御馳走を食べる必要があるかどうか。
 昨年の1月、羽田元総理のお世話で、『温泉を健康に活用する議員研究会』の合宿が、中伊豆温泉、神代の湯で行なわれた。この合宿には、羽田元総理をはじめ、国会議員5、6名が参加されており、私も温泉と医学について少しお話をさせて頂いたが、この合宿の主旨が、温泉を健康のために積極的に活用しようとする試みで、合宿に当てられた温泉旅館が、これからの健康志向型の宿で、当然のことながら質素な部屋構えで、夕食には地元でとれた野菜を中心とした料理が提供された。このような健康志向型の温泉旅館は、少しづつできてきているものの、なお温泉地にある旅館では極めて少数派であり、しかも宣伝が行き届いていないのか探すのも大変である。いつでも必要に応じて健康志向型の温泉旅館が捜し出せるような組織づくりが急がれる。
 さて、温泉保養地を訪れるに際し、自分は温泉に何を期待するかによって、利用の仕方はかなり異なってくる。ここでは、温泉?健康への招待と言うテーマで、健康増進から病気の治療まで温泉の果たしている役割についてその概略を述べ、同時に今後温泉地が求められる、あるいは果すべき役割について若干の私見を述べてみたい。
 現在ほぼ健康状態でいる場合、あるいは、具体的な病気はないが、親、兄弟がかかった病気に自分もなるのではないかとの心配がある場合、温泉保養地へ行ってまず精神的リラックスをはかることも重要である。温泉保養地へ行くと言うことは、まず精神的リラックスが得られること、温泉に入ることで全身の血液の流れも良くなること、そして、保養地を散歩すること(森林浴を含めて)で適当な運動も可能なことなど健康に有用なことが多い。1泊から2泊ぐらいの短気逗留でもある程度の効果は期待できる。このような小旅行を年2-3回は試みてみたい。ただし、血管障害を予防するためには、前述のごとく、日頃の運動および食事に十分な注意を払う必要がある。我が国の温泉の泉質は硫黄泉が多く、その他、単純泉(温泉成分の含量が少ないもの)、あるいは食塩泉(海岸線に位置する温泉)などがあるが、健康志向型の小旅行なら、どの泉質を選んでも差し支えないが、温泉成分の含量が多い程、湯あたりが起きやすいので、1日の入浴回数を少なめにする(例えば、1日2-3回程度)必要がある。反対に、単純泉では湯あたりは起きにくい。
以上のごとく、温泉地の旅館への短期宿泊でも、病気の予防や健康増進のテーマに対してある程度の効果は期待される。それでは、温泉地への長期滞在は、どのような状況の下でなら必要とされるのであろうか。
まず、病気の治療の際には、長期滞在が必要となる。温泉医学の適応疾患には、絶対的適応と比較的適応がある。温泉医学の絶対的適応となる疾患(温泉を利用しなければ治療が困難な疾患)は、主として慢性閉塞性呼吸器疾患、なかでもステロイド依存性重症難治性喘息、瀰漫性汎細気管支炎、肺気腫などの疾患である。これらの疾患では、薬物療法、食事療法、あるいは運動療法のみの治療では奏功し難く、温泉療法なしでの治療は極めて困難である。温泉療法の比較的適応(一応薬物療法や、食事、運動療法の効果がある程度期待できるものの、温泉療法を併用した方がより治療効果があがるような疾患)は、たとえば、変形性関節症(腰痛症、膝関節、股関節、肩関節、首関節など)、関節リウマチ、脳硬塞後遺症、糖尿病などがある。これらの疾患に対して、さまざまな温泉療法(温泉プールでの水中運動、鉱泥湿布療法、吸入療法、飲泉療法、温泉浴、泥浴、熱気浴など)が行われる。以上は病気に対する温泉療法の概略であって病院への入院の上での治療である。しかし、病気の治療でも温泉旅館に長期的に宿泊しながら、施設の整った病院等へ通院しながら温泉療法を受ける方法もある。しかし、日本には、ヨーロッパ諸国の温泉地のように、温泉療法医が温泉療法の処方箋を書き、それに基づいて各施設で温泉療法が受けられるような、しっかりしたシステムがないので、しかるべき病院で通院あるいは入院治療をうけるか、それとも湯治宿に泊まって自己判断で素人療法を行うかと言うことになる。専門医の処方箋により、適切な温泉療法が受けられるようなシステムが是非欲しいところである。随分と以前の話になるが、ドイツの温泉保養地バド・ナオハイムに1週間滞在して温泉療法の方法およびその施設を見学させてもらったことがある。町営の立派な温泉療法のための施設には驚かされたが、それにもまして温泉療法医の処方箋によってそれぞれの施設で適切な温泉療法が受けられるようになっていることに感心させられた。そして、この温泉保養地は金曜日の夕方から急速に人口が増え始めて、土曜日、日曜日も同じように大勢の人々でごったかえすようになることにも驚かされた。土曜日、日曜日にかけて温泉を利用するため人々は遠くからやってくるのである。日本にもこのような温泉保養地ができることが望ましいような気がする。
 最後に、温泉地活性化のために地域がなすべき役割は、やはり各旅館が連係して、健康志向型の温泉地を目指すかどうか、目指すとすれば、その提供し得る医療サービスをどのように位置づけるのか、交通手段をどうするか、長期滞在型とするか、短期逗留型とするか、などその地域に根付いたサービスの在り方についての十分な検討が必要である。また、地方自治体としては、温泉特区のような特定の医療サービスの提供の可能性などを今後追求していく必要があるように思われる。


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